04
真砂子とベースに戻るとぼーさんの追っかけの子が部屋を覗いていた。
「どうかしたの?」
「あ、えっと、ノリオいないかと思って…」
ノリオとはぼーさんの本名、法生(ほうしょう)を読み替えたもので、ベーシストとしてはそう名乗っているようだ。
「入っていいよ。今除霊に出てるからぼーさんはいないけど」
機材に向かっているリンさんに軽く挨拶をして招き入れる。三人で机に座るとミーハーで人懐っこいその子は真砂子にひとしきり興奮した後やはり興味があるのだろう、除霊の進捗を聞いてきた。
「まだ始めたばかりだけどね…事件の数が多いんで、確認するだけでも大変だよ」
「私たちもようやく一通り見て回って来たところですの」
「だよね…。ったくどうなってんだか、この学校は。祟りに幽霊に超能力でしょ? あとUFOでもくれば…」
「ちょっと待った」
「今、超能力とおっしゃいました?」
「え? うん…」
リンさんにナルを呼んでもらい、改めて話を聞くことになった。
「笠井パニック?」
「そう。3年に笠井千秋って人がいてね…」
夏休み明けにスプーン曲げをやって校内の有名人になった人物。それをきっかけに学校中でスプーン曲げが流行り、信じる派と信じない派に校内が二分されるに至って全校生徒の前で吊るし上げにあう。その時は先生の鍵を曲げて見せた。以来大騒ぎになり、特に先生側からの攻撃が酷くて耐えかねて叫んだらしい。「呪い殺してやる」と。
「…で、それからなんだよね。変な事が起こるって話が出だしたのって」
「そうなんだ…」
「今じゃみんな言ってる。あれは、笠井さんの呪いじゃないかって。だからだと思うんだけど、最近は授業にも出ないでずっと生物準備室に引きこもってるみたいなんだよね、笠井さん」
私達の報告は後にして、生物準備室を訪ねることとなった。真砂子はリンさんとベースで待機。あの二人ってどんな会話をするんだろうか。というか会話しているところを今まで見たことがない気が…。とか考えていたら部屋の目の前だった。ナルがノックする。
「はい」
「失礼します。笠井さんはいらっしゃいますか」
ナルの後ろから覗くと、丁度一人の生徒があからさまに顔をそむけた。あの子が笠井さんだろう。そして先生の方だが、独特の気配をしている。霊圧が人間にしては高く、同業者のような趣だ。
05
見た目と声は柔らかく、優しそうな女性だ。
「何の御用かしら」
「渋谷サイキックリサーチの渋谷と申します。笠井さんにお話を伺いたいのですが…」
「すみません。もう一度お名前を」
「渋谷一也と申します」
「ああ。校長先生から調査の方がくると聞いておりましたけど、あなたが…。どうぞお入りください。私は生物を教えております、産砂恵と申します」
珍しいお名前ですね、とか言いながら部屋に入るナルに続いた。産砂先生はしとやかに微笑むばかりだ。
「笠井さんに、という事は9月の事件についてですのね」
「話すことなんてない! ほっといて!!」
笠井さんは尖ったナイフのような声で叫んだ。学校中でバッシングされればヒステリー気味にもなるだろう。先生がなだめる。
「変な誤解をされない為にも、きちんとお話しした方が良いわ」
「嫌!! どうせ嘘つき呼ばわりされるだけだもん!」
「でも、心霊現象を調査してらっしゃるのよ。頭からあなたの言う事を否定したりはなさらないわ」
「…何が、聞きたいわけ」
正面から見た笠井さんはちょっときつめの美人さんだった。猜疑心からか、目つきが鋭すぎるが。しかしナルにはそんなこと関係ない。
「この学校で怪事件が頻発しているのはあなたがきっかけになったんじゃないか、という話を聞きました。超能力でスプーンや鍵を曲げたという噂も」
「噂じゃなくてホントだけど、どうせ信じてくれないでしょ? 超能力なんて」
「何故です? スプーンを曲げるくらい、僕だってできます」
「え? できるの?」
心底意外、という風に今まで構えていた笠井さんは体ごとこちらを向いた。
「できます。PKを信じない心霊研究者など、いません」
「…やって見せて」
「仕方ないか…」
『あーっ! ちょっと!!』
笠井さんは挑戦的にこちらにスプーンを差し出した。受け取ったナルは片手で持ったスプーンに指を当てると、そのまま折り切ってしまった。ジーンがなんだか騒いでるが今は訳を聞けない。笠井さんにあんたも? と聞かれたのでスプーンを受取って、指先のオーラを切れる性質に変化させて柄をなぞり、断ち切る。私までできる(半分インチキだが)ので、驚いたのだろう。産砂先生に名前を聞かれた。これらを見て笠井さんは素直に話す気になったようだ。
「夏休みに、テレビの深夜番組を見てたの。そこで、スプーン曲げをやってて…それで、なんとなく真似してるうちに曲げられるようになったんだ。あんた達みたいに折ったりは出来ないけど」
「三か月たって、今もできますか」
「できるわよ!」
乱暴にテーブルの上にあったスプーンを取ると、集中し始めた。よほど気力を使うのか、唸りながら屈みこんでいく。しかし、先程のナルとは違い、なんの力も感じない。というより力んでる感じだ。と、突然ナルが遮った。
「そんなことをしては駄目だ」
06
「え?」
「椅子の淵にスプーンを当てて曲げようとしたね。そういうトリックを一度でも見つかってしまうと信用されなくなる」
「違うわ! 本当にできるんだから!」
「超能力者に影響を受けた者の力が不安定なのは研究者なら誰でも知っている。出来ないときは出来ないといって良いんだ」
ナルの言葉に笠井さんがはっとした。
「それで信用しない人間は頭から信じる気がないのだから無視していい」
「そんなこと言ったって、できなかったら何言われるか分からないじゃない。恵先生だって、あたしを庇ったせいで他の先生たちから白い目で見られて…」
泣き出しそうな笠井さんに産砂先生が駆け寄った。
「私の事はいいの。私は彼女が可哀想で、あまりにも皆から否定されて…」
「だけど…、生物部は何やってるんだとか言われて、他の部員も辞めちゃうし、何でこんな目にあわなきゃいけないのよ!!」
「…それであの言葉を?」
感情的に叫ぶが、ナルの一言に興奮は冷めたようだった。落ち着いた声で答える。
「やだ…。あんなこと言ったって、本当に呪い殺せるはずないじゃない」
生物室からの帰り道、ベースに入る前にナルは言いにくそうに切り出した。
「、頼みがあるんだが」
「…何?」
直截な言い方はナルらしいが、ジーン関連以外での頼み事とは珍しい。横でジーンが『もーっ』と唸っているのにも関係するんだろう。
「さっきのスプーン曲げだが、皆には秘密にしててくれ。特にリンには」
「別にいいよ」
「…すまない」
本当に珍しいこともある。まあ、後でジーンが聞かなくても理由を教えてくれるだろう。ナルがドアを開けると、中では何やら言い争っていた。
「んなはずねーだろ!」
「本当ですわ。霊などいません。学校中を見て回りましたけど、どこにも」
「少なくとも、例の席にはいて当然だろ? 4件も事件が続いてるんだぜ!?」
ヒートアップしているので割って入る。
「私も見て回ったけど、何もいないと感じるよ?」
「私たちは騙されているんですわ」
「学校の連中全員にってか? 冗談じゃねえぞ!」
「まあまあ」
しかし、プライドの高い真砂子は止まらず、ジョンと二人でぼーさんを抑えた。しかし綾子が茶々を入れた。
「真砂子たちが正しいとは限らないわよ?」
「松崎さんよりは正しいつもりですわ」
「はあ?」
「松崎さんが仰ることが当たった事がございましたかしら。それにこちらは視える二人で同じ見解ですのよ」
「何よ! 視えても祓えないくせに!」
泥沼と化している言い合いにナルが大きなため息をついた。結局それぞれにまた見回ることとなった。