01

季節は過ぎ、相変わらずジーンの遺体の捜索は遅々として進んでいない。祓い屋の方は順調だがSPRは依頼の選り好みが激しく、森下家の事件から大きな依頼は引き受けていなかった。そんな中、珍しく学生の相談者がやってきた。11月のとある日曜日の事だ。

「つまり、教室でコックリさんをして以来友達の様子がおかしいと」
「…はい」

ナルの冷静な声に、相談に来た少女は遠慮がちに説明を続けた。なんでも机の上に飛び乗ったり、砂場の砂を食べたりするそうな。狐憑きを疑っているようだ。深刻そうな顔をしているが、ナルの返事はそっけなかった。

「その友達は病院に行かせた方が良い」
「え?」
「ちょっと、ナル…」

言うだけ言って追い返そうとするので、フォローにそういったことに理解のある先生がいる病院を紹介してから帰す。使った茶器を片付けてるとまた人が来た。

「おーっす! ナルちゃん、やっほー」
「…誰?」

声と気配は間違いなくぼーさんなのに、どこの気合入った若者かと疑うほどに格好がチャラい。おまけにギターケースと思しきものまで背負ってる。思わず誰何してしまった。

「いやあ、日曜の渋谷なんて来るもんじゃないね。あ、ちゃん、アイスコーヒー頂戴」
「いや、それは良いけど、どうしたの? その格好…」

いわく本業はプロのベーシストなのだそうだ。高野山にいたのは本当だが、CDとか持ち込めなっかたので下りてきてしまったとか。だが業界的に祟りだとかが多く、元坊主として担ぎ出されることが多くある。よって拝み屋が副業と化したようだ。今日はライブ帰りなので派手な格好をしているらしい。

「という訳。納得?」
「うん。真面目に坊主やってるより納得」
「おいこら」

わいわいやってたらナルがため息をついた。

「それで、今日はどんなご用件でいらしたんですか」
「ああ、そうそう。実は仕事の話でいらしたのよ。ちょっとナルちゃんの知恵を借りたくて」

話をまとめると、高校生の追っかけに相談を持ちかけられた。クラスにある席が祟られていて、9月以降その席に座っていた全員が電車のドアに腕を挟まれる事故に遭っている。うち3人が重傷を負った。他にも、担任が幽霊が出ると言い出して入院、何かに取り憑かれた生徒など色々といるとか。どこかで聞いたような話だ。

「ぼーさん、もしかしてその相談してきたこの高校、湯浅っていうんじゃない?」
「お、そうだけど…知ってんのか?」

奇妙な符合を感じていると、来客が来た。慌てて応対に出る。几帳面そうな痩せ形のスーツのおじさんだ。

「あのー…よろしいでしょうか」
「はい。ご依頼ですか?」
「わたくし、こういう者でして…」
「ご丁寧にどうも」

名刺を受取ると、書いてあった所属に思わず読み上げてしまった。

「湯浅高校、ですか」
「え?」

背後でぼーさんとナルも驚いたようだった。

02

月曜日。正式に校長から依頼を受け、湯浅高校にやってきた。面子はSPRの面々+ぼーさんだ。校舎に入った感じだと、あからさまな霊の気配はない。一周してみなければ正確なところまでは分らないが、残滓がある程度だろう。相談内容通りならもっと活発に気配がしそうなのだが。

校長室に通されたあと、吉野先生という憔悴した感じを受ける男性にベースとなる会議室に案内された。早速準備を始めようとするが、なんとその先生自身も相談があるという事で先に聞くことになった。ナルと先生が対面に座る。

「あの、ですね…。夜にその、ノックの音が聞こえるんです」

それで窓を叩く音がしつこいのでカーテンを開けると、腕だけが見える。

「そのせいで最近ずっと眠れなくて…」
「その音は、先生以外のご家族にも聞こえますか?」
「はい。でも…私ほど気にはならないようです」
「そうですか」




そして放課後。生徒の相談者は続々とやってきた。事務所にも来た友人が狐に憑かれたらしい子、部室が変だと訴える陸上部員、体育館倉庫で肝試しをして以来何かの影が見える子、等々。ぼーさんの依頼人の追っかけさんは実際に怪我をした子を連れてきて、詳しく話を聞くことができた。

電車を降りたら、急に腕を引っ張られてドアに挟まれた。電車が止まるまで引きずられ、肩を脱臼して足にも杖を突かなければならないほどの怪我を負う。周りはちゃんと確認していて、誰もいなかった。席にこのような事が起こる心当たりはない。

「…その席を見てみたいな」
「じゃあ、あたし案内してあげる」

話がひと段落してのナルの発言に、追っかけさんは面食いなのだろう、嬉しそうに案内を買って出た。




「あそこだよ」

問題の机があるのは2−5の教室だった。ナルが机に触る。

「今はここには?」
「いないよ、誰も。こないだまでいた子は大怪我して入院中」
「机の位置は変わっていない?」
「うん。ずっとそこ」
?」

ナルが問いかけてきたが、首を振った。気配の跡はあれど今霊はいない。




ベースに戻ると留守番だったぼーさんが来客の多さに悲鳴を上げていた。リンさんはすごいスピードでパソコンのキーを叩いている。それからも生徒は下校時刻ぎりぎりまでひっきりなしに相談にやってきた。校内を見回る暇もない。

03

「どーなってんだよこの学校は…。こんだけの量誰が除霊すんだよ。オレとしかいないのに」
「確かにすごい数だよね…」

厚ぼったいいくつもの証言を集めたファイルを前に嘆くぼーさんに同意しつつお茶を出してやる。そんな中ナルが口を開いた。

「尋常じゃない…」
「え?」
「一つ一つはそう大した事件じゃない。だがこの数は異常だ。同時期に同じ場所でこれだけの事件…これが全て事実だとしたら、絶対に原因があるはずだ」
「多すぎるもんね」
「先程の机にも何もいなかったんだろう?」
「うん。残滓があった程度…それで言えば最初に相談した吉野先生の方が強い気配がしたよ」
「では要注意だな」




翌日の火曜。ジョンと真砂子と綾子が合流した。全員集合だ。早速ナルが采配する。

「とにかく数が多いので、ゆっくり調査をしていられない。手当たり次第に除霊してみるしかないと思う。効果がなければその時に次の手を考えよう」
「うえ〜」
「原さん。と一緒に校内を見て下さい。とりあえず霊が出るという机と陸上部の部室を」
「私も真砂子と呼び捨てにして下さってかまいませんのよ」

ぼーさんがうめくがスルーで指示を出していく。真砂子は最近相談を受けたのだが、大いにナルに関心があるらしく押せ押せだ。だがこれもスルー。

「松崎さん達も手分けして霊がいるようなら除霊を…」
「あら? 真砂子には何も言い返さないわけ? あたしは前に随分酷い事を言われた記憶があるんだけど」
「余計なことを言う暇があれば、除霊の才能を発揮して頂きたいものですね。そろそろ松崎さんの活躍を拝見したいのですが」

綾子が無謀にも絡むが撃沈された。何事もなかったようにナルは話を続ける。

「今回は事件が多すぎて機材の数が足りない。皆の霊感だけが頼りだ。ぼーさんとジョンも頼む」
「はいよ」
「了解でんがなです」
「僕は調査を続ける。何かあったらリンに伝えること。ベースに詰めてもらう」
「はい」
「よし。始めよう」




真砂子と校内を視て回る。まずは昨日も見た机からだ。

「ナルは鈍感なのでしょうか…」
「そんな事は無さそうなんだけどな。恋愛ごとに興味がないだけなんじゃない?」
「それではますます難しいではありませんか…」
「女の子として気を引くより、霊能者として気を引く方が簡単そうだもんね。まあ、とりあえず仕事しようよ」
「でも、昨日は何も感じなかったのでしょう?」
「でも念のため。昨日は相談さばくのに忙しくて他は視て回ってないしね」

校舎内から部室棟まで視て回ったが、二人して何もいない、という結論に達した。