13

「これだけの人間がいて、以外そのザマとは。この程度の霊能者なら、必要ない」
「下手したらこっちまで自縛霊にされるかもしれないんだぞ!」

ナルのきつい言い方にぼーさんが反論するが、見つめ返されて黙ってしまった。

「…信じる信じないはご勝手に」

言い捨てるように部屋を出て行こうとするナルに声をかける。

「私の出番はありそう?」
「…君が出るまでもない」
「そう」

それだけ聞ければ十分だ。我関せずのリンさんと、周りには見えていないが申し訳なさそうな顔のジーンもナルについて出て行く。と同時に空気が弛緩して、皆がため息をついた。

「困ったものね。お宅の所長にも」
「ナルがあそこまで言うからには勝算があるのですわ」
「まあ、言い方は悪いけど自信があるみたいね」

真砂子と苦笑してるとぼーさんも肩をすくめた。

「二人がそう言うなら、ナルを信じてみるか。…何もしないよりましだろ?」
「ボクもそう思いますです」
「はあ…。ぶっ倒れたら骨くらい拾ってやるか」

ジョンも同意し、綾子の言い方に皆でひとしきり笑ってから言われたとおりにお札を張って回った。ただし鬼門(悪霊が通りやすい)以外だ。こういった仕掛けは専門外なので綾子に聞くと、霊を閉じ込めてから鬼門だけ開けておくことで散らすらしい。すべて終わるとナルが新しく指示を出した。

「ぼーさんと松崎さんは鬼門で待ち伏せして、出てきた霊を散らしてくれ」
「一時的に霊を減らして女を引き摺りだすわけか」
「ジョンは居間に来て霊を散らしてみてくれ」
「はいです」
「おいおい。肝心の除霊は誰がやるんだ? か?」
「…まさか?」

ぼーさんと綾子の疑問に、ナルは薄く微笑むだけで答えなかった。




そして除霊本番。私は真砂子と居間で観測係だ。ジーンはリンさんとベースに残ってる。ジョンが井戸と向かい合い、聖水を撒きはじめる。

「天にまします我らの父よ、願わくば御名を崇めさせ給え…」

聖句を聞いていると、真砂子が腕に抱きついてきた。

「真砂子…?」
「これから行われるのは除霊ですわ。ナルは霊媒ではありませんもの…。出来れば私の目の前では行って欲しくありませんわ」
「そうだね…」

真砂子と仲良くなったのもその辺がきっかけだった。私が行う魂送はその問答無用っぷりとは違い、浄霊に属するのだ。(霊を説得するのが浄霊、有無を言わさず殺すのが除霊)斬魄刀で悪霊を斬っても同じ。斬ることで虚の罪を濯ぎ尸魂界に送る、という斬魄刀本来の性質の関係だろう。霊媒でもないのに浄霊をやる私に仕事で一緒になった真砂子が興味を持ったのが始まりだ。

14

そこそこ前の事を考えていたが、その間にもジョンの声は朗々と続いていた。真砂子の手を握り返しながら、周りをうかがう。残った子供たちの霊が出てきては、ジョンに散らされて数を減らしていく。散らすといっても除霊をしている訳ではなく、ただここに居辛くしているだけだ。見えていないナルが聞いてきた。

、原さん、どうだ?」
「数は順調に減っていってるよ」
「居間の外に逃げていきます。泣きながら…」

そしてある程度減った頃、元々低くなっていた部屋の温度がぐっと下がる。同時に井戸の底から女の霊の気配が上がってきた。真砂子が口許を抑えて引きつった声を出す。

「で…出てくる!」

ナルとジョンがはっと井戸を見つめる。気配が濃い。これなら全員に視えているだろう。

『とみこ…富子ぉ…!』

昏い目をした女だ。ただひたすらに子供の名前を呼んでいる。真砂子がこらえきれず声を上げた。

「富子さんはいません! その子たちは富子さんではありません!どうぞもう自由にしてあげてください。みんな、本当のお母さんの所へ帰りたいのですわ! お願い!!」

しかし、返事は無情にも井戸からのばされる幾本もの手だった。引きずり込もうとばかりにこちらに向かってくる。真砂子を背後にかばい、こちらに来ようとするジョンを止める。

さん!?」
「縛道の八、斥!」

手に発生した盾で弾くと、手は霧散した。こちらの相手は難しいと見たか、女はナルの方を向いた。今まで扉に寄り掛かっていたナルが女にゆっくり歩み寄っていく。真砂子が堪らず叫んだ。

「ナル! 止めてください! 少し待って…」

しかしナルはそのまま進むと一体の人形(ヒトガタ)を取り出して女に見せつけた。

「お前の子供はここにいる。集めた子供たち共々、連れて行くがいい!」

言いながら、人形を中空に投げた。すると人形は光を放ち、着物の少女の姿をかたどった。女はその子を胸に抱くと邪悪な気配が薄れていった。光に包まれていき、周りにいた子供の霊も一緒に浄化されていく。綺麗だ。

「優しい光ですわ…」

そして全ての霊の気配が消えた。除霊…ではなく浄霊成功だ。ずっと嫌な気配が凝っていた居間だが、今はむしろすっきりした感じになっている。これで事件は終了になる。感慨深げにナルを見つめている真砂子を視界に入れつつ、除霊中に開いた居間の穴の修理費は誰が持つんだろう…なんてあんまり関係のないことを考えていた。

15

最終日、七日目。ぼーさん達を巻き込んでベースの撤収を行い、典子さん達をホテルから呼び戻し事態の推移をナルが説明した。全てつつがなく終わり、今は玄関で見送られている。

「本当にありがとうございました…。兄も出来るだけ早く戻って来てくれるそうです」
「それは良かったです」
「でも、あの…本当にもう、大丈夫でしょうか…?」
「心配ないでしょう」

いつも自信のある態度のナルだが、こういった時には頼もしく見える。不安そうだった典子さんも安心したようだ。

最後に皆で車両に集まった時、機会がなくて聞いていなかったことを尋ねてみた。

「あの女性は人形を富子だと思って、子供を取り返して満足したから浄化したんだよね?」
「ああ」
「それにしても、良く人形が作れたな。そのために出て行ったのか?」
「人形を作るのに、富子の生没年が必要だったから。女は大島ヒロ、富子は女の一人娘。富子はある日消えて、その半年後、池に死体が浮かんだ。その後、大島ヒロの家は取り壊され、その後に立ったのがこの家だ」

ぼーさんの質問になんでもないようにナルは答えるが、相変わらず素晴らしい調査能力だ。挨拶もそこそこにナル達は車にさっさと乗りこんでしまう。慌てて後を追うが、その際ぼーさんの呟きが耳に入った。

「まさかナルが陰陽師だとはね…」

正体は超心理学者と知っているこっちは苦笑しか出ない。まあ、オリヴァー・デイビスであることを隠す隠れ蓑には良いのかもしれない。




帰りの車の中で、他の人がいるときは静かな分話したがるジーンの話を聞いていると面白いことが分かった。

『富子は人さらいに会ったんだよ』
「人さらい?」
『うん。何で池に死体が上がったのかまでは分らなかったけど、大島ヒロを視たかぎりではそうみたいだよ』
「それは母親としてはショックだろうね…」
『それを苦にあの井戸に身投げしたんだ。それで成仏できずに地縛霊になってしまったみたい』
「そうなんだ…」

やはりジーンは霊媒としてかなり優秀なのだろう。真砂子もそこまで分からなかったみたいだし。霊圧もそこらの霊よりもずば抜けて高く、そばにいるのに真砂子に認識されないほどだ(霊圧が高いと霊力の弱い人間には認識し辛くなる)。

道中は私の通訳が入りながらも4人で談笑して帰った。といってもナルもリンさんも口数が多い方ではないので話すのはもっぱら私とジーンなのだが。しかし、あの濃い面子がまたそろった。二度あることは三度あるというし、これからも何だかんだと関わりそうな予感だ。