10

次の日、六日目。ベースにて皆でミニーを囲む。ジョンが霊を落とすことになったのだ。綾子だけは別室で礼美ちゃんたちについている。私の出番はない。やっぱり切断は良くないからほかの手段があるうちはいい、と言われた。

「天にまします我らの父よ…」

聖句を唱え、ミニーの額に十字架を置くと、横にしてあるのに勝手に目を見開いた。

「初めに言葉があった。言葉は神であった…」

続いて聖水をまくとミニーはガタガタ震えだす。しかし、やがて静かになり焦げ跡を残して十字架が額から落ちた。女の子が出てきたので、どこかに行ってしまう前に手を捕まえる。一瞬びくっとしたが、優しく手を握って笑ってやると大人しくなった。

「霊は落ちたと思います。けど、滅ぼしたわけとは違います。二度と悪用されへんように焼いてしまうのがええと思います」
「そうだね。でも、その前にこの子を送ろうか」
「この子?」
「なんかいるのか?」

ジョンとぼーさんをはじめ、皆が不思議そうに私が指した空間を見る。女の子はおびえた感じでこちらを見るので、屈んで目線を合わせてから問いかける。

「ミニーに憑いてた子。…お名前は?」
『…立花由紀』
「由紀ちゃんね。どうしてあんなことしたの?」
『お母さんがやんなさいって言うから…』
「お母さん? 床下にいる人…お母さんなの?」
『違うもん! そう呼ばないと怒るの…帰りたいよぉ』
「そうだね…ちょっと目をつむってて。ここから出してあげる」

会話の途中で泣き出したのでなだめて魂送する。一瞬光るともうそこには誰もいなかった。ぼーさんが感心した風に声をかけてくる。

「いや、すごいなは。ちょっと光ったのが見えたが、除霊したのか?」
「ううん。魂送…浄霊だよ。あの世に行ってもらったの」
「さいですか。なら安心ですね」
「だが、また別の霊が憑くかもしれない。やはりミニーは燃やしたほうがいいだろう」
「そうだね」

ナルに頷く。庭に出て改めて火をつけると、ミニーは今度は簡単に燃えて灰になった。

「そういえばさっきお母さんがどうとか言っていたが」
「うん。どうも居間の床下の気配がそれみたいなんだけど。子供たちの霊を陰で操ってる親玉らしいんだよね」

何人かの子たちに聞いた情報だ。皆一様に怯えた様子だったので無理やり従わされている感じだった。

「そうか。そちらは祓えないのか?」
「床ごと斬ってもいいならできるけど…」
「却下だ。それならぼーさん、浄霊をやってみないか」
「俺?」
「生没年と戒名は調べてある」

ナルに突然話を振られたぼーさんへ思い付いて付け加える。

「そうだ。今まで礼美ちゃんの部屋でやってたけど、どうせなら居間でやってよ。何か反応があるかもしれないし」
「いいぜ。やってやろうじゃん」

11

念のため、礼美ちゃんと典子さんはぼーさんの護符と、何かあった時のための綾子とジョンと一緒にホテルに移ってもらう。また目を離したすきに怪我をしないようにだ。ナルとリンさんとベースでぼーさんをモニター越しに見守る。真砂子はまだ気分がすぐれないので別室で寝ている。

『ナウマクサンマンダバザラダン…』
「温度が下がってきました。部屋の中心付近…さんが言っていたあたりが中心です。もう5℃は下がっています」
「すごい勢い…」

スピーカーからはぼーさんの真言が流れてくるが、私はサーモグラフィーに目が釘付けだった。冷凍庫に突っ込んだとしてもここまで顕著に温度は変わらないだろう。だがナルは冷静だ。

「マイクは?」
「今のところは異常ありません。妙に雑音が少ないですね」

温度はまだまだ下がっている。と、ガタガタとラップ音も始まった。モニターの中のぼーさんは、それでも真言を唱えるのを止めないが吐く息が白い。

「ナル、0℃切ったよ…」
「何!? 今何度だ」
「マイナス2℃です」
「なんだって…」

ついに人魂らしきものがうなり声をあげながら大挙して出てきた。

『うわっなんだこりゃ!? この!』

ぼーさんが詠唱を中断して手を振り回すが、霊がまとわりついて離れない。真言が効いたのだろうが、これは酷い。すると、ぼーさんのうしろに黒い人影が見えた。着物を着て髪を乱した女だ。

『…こ…富子…私の子…』
「後ろだ! ぼーさん!」
『っ!』

私だけでなく、ナルにも見えるようだ。マイクに向かって叫ぶ。

『…おい、何もないぞ』

しかし、ぼーさんには見えていないようだ。急いで居間に向かうと、ぼーさんは見当違いの方向を向いて真言を唱えてた。

「ぼーさん、そっちじゃないよ!」
?」
「とにかく一度部屋から出て…」

――バキバキ!

ぼーさんを部屋から引っ張り出そうとすると、女の霊の足元の床が突然崩れた。

「早く!」
「あ、あぁ」




時間をおいてから居間に集まる。穴の開いた床の下には古い井戸があった。少し回復した真砂子も合流している。女の霊は井戸の底に戻っており、喋りかけても富子富子言うばかりで話にならない。

「私は無理っぽい。真砂子、どう?」
「この方ですか。…母親のふりをして、子供たちの霊を呼んでいます。子供たちは家に帰りたいのですけど、道に迷って出られないのですわ」
「私が避けられているのは?」
「この方に近付かないよう言われているようです。子供たちはリーダーであった立花由紀さんがいなくなって大分混乱している様子ですわ」

やはりミニーはある程度カギだったようだ。そしてさすが霊媒。直接話さないと分からない私とは違う。

「…私にはこの井戸が地の底まで続いているように見えますわ。遥か底に子供たちの霊が澱んでいる」

真砂子の言葉に、皆井戸の跡を覗き込んだ。

12

「富子というのは?」

唯一井戸を覗いていなかったナルが真砂子に問う。

「女の子供です。女は子供を探していますの。自分の娘を。それで子供を集めているのですわ」
「…そういうことか」
「ナル?」
「出かけてくる。後を頼むが、は勝手に動くなよ」
「はいはい」

言い置いてさっさと部屋を出ていく。動くな、というのは除霊を進めるなということだろう。ぼーさんは呆れたようだ。

「相変わらず我が道な奴だな…ナルが戻ってくるまで、除霊するか」
「下手に刺激しない方が良いと思うな。いざとなったら何とかできるけど…釘刺されちゃったし」
「きっとナルには何か考えがお有りなのですわ」

反対に2票入り、結果大人しく待っていることになった。開いた穴を見に一度帰ってきていた典子さんと礼美ちゃんと一緒に今度はぼーさんとジョンが付いていった。ナル達はしばらく帰ってこないだろうし、除霊するわけでもない。残った女性陣で交代して機材で見張ったが、特に何も起こらなかった。




「おーっす」
「ただいまです」

ナル達は日が沈む頃ぼーさん達を連れて帰ってきた。

「あれ? ホテルの方は良いの?」
「ああ。ナルが大丈夫って言うから」
「戻ってきたです」
「へえ…」

解決のめどが立ったのだろうか。そのナルはというと、いなかった間の映像の確認などで忙しいようだ。しばらくは話しかけても素気無くされるだけだろう。




夜も更けた頃。準備ができたらしいナルが皆をベースに集めた。

、原さん。やつらの様子は?」
「今のところ動きはないね」
「居間にいますわ。まだホテルの方には行っていません」
「松崎さん、霊を通さない護符を作ってください」
「?」
「皆でそれを家中に張ってくれ。内側に結界を張るんだ」

てきぱきと指示をしていくが、説明が足りない。ぼーさんが訝しげな声を上げた。

「…何をやるつもりだ?」
「あの女に富子を取り戻させる」
「ええ!?」

一同で驚く。リンさんだけが素知らぬ顔をしている。しかしどうするのだろうか。着物の子供は見ていないが。

「子供の霊の中に富子ちゃんはいないよ?」
「もちろん富子自身を連れてくるのは不可能だ。でも、富子を取り戻さない限り女は納得しないだろう。だから…」
「だから?」

説明したくないのだろうか。聞き返したら黙ってしまった。

「…問題は女だ。女を引きずり出さなければ意味がない」
「あいつ半端じゃないでしょ!? 私たち、身の安全を考えるべきじゃない?」
「それは早計じゃないの?」

言って見回したが、皆綾子の意見に同意らしく、難しい顔で黙り込んでしまった。