07

相手が多いとはいえ子供だからと気を抜きすぎだったのだろうか。まさか礼美ちゃんを言いくるめていたとは。

「礼美ちゃん、ミニーとお話ししてたの?」
「うん。お姉ちゃんもお話できるの?」
「まあね。他の子ともお話しするの?」
「うん」

これは、危ないかもしれない。この家にいる霊は子供ばかりだ。引き込まれる恐れがある。

「他の子たちはいつから遊びに来るようになったの?」
「わかんない」
「どうやってお友達になったの?」
「ミニーが連れてきたの」

本当に危ない。




所変わってベースにて。ぼーさん達に礼美ちゃんの話をする。

「ミニーはほっとくとやばいんじゃねえか。憑いてるんだろ?」
「うん。出て来てはくれないんだけど」
「ミニーに憑いてミニーのふりしてるのか?」
「…その線かもしれないな。落としてみるか、ぼーさん」
「おうさ。やっと俺様の出番だ」

ナルの提案にぼーさんはにやりと笑った。




礼美ちゃんの部屋にミニーを持ち込んで、袈裟に着替えたぼーさんが真言を唱え始める。

「ナウマクサンマンダバザラダン…センダマカロシャダソワタヤウンタラタ…」

モニター越しにナルとリンさんと見守る。綾子は礼美ちゃんについている。

「きゃあ!」

廊下から悲鳴が聞こえた。向かうと、除霊を中断したぼーさんと倒れた典子さんが居た。足首が脱臼してしまったようだ。

「誰かが…すごい勢いで足を引っ張ったの」

足首には、青々とした子供の手形が残っていた。




礼美ちゃんに詳しく話を聞くこととなった。ナルが聞くと言ったが、不安だ。子供の扱い方とか知っているんだろうか。

「ミニーはどこ?」
「僕が預かってる。それより、ミニーの事を全部教えてくれないかな」
「ミニーかえして」
「いつから喋るようになった?」
「かえして! 礼美のお友だちなんだから」

会話が平行線をたどっている。お互いに言いたいことを言い合っているだけだ。ひたすらミニーを求める礼美ちゃんにナルが目を細めた。礼美ちゃんがびくっとする。

「…礼美ちゃん。典子さんは怪我をした。ミニーがやったんだ。そうだろ!」

語気を荒げてすごむので、礼美ちゃんが泣き出してしまった。優しく抱き寄せ、なでてやる。

「ナル…何もこんな小さい子を泣かせなくても」
「そういう問題じゃないだろう、
「そういう問題なの!」
「ご、ごめんなさい…」

嗚咽交じりに礼美ちゃんが話したところによると、この家に来てから喋り出したらしい。他の人と仲良くするとミニーがいじめてきて、物を隠したり部屋を散らかす。約束を破ったお仕置きだと言って。一杯いる他の子もミニーが連れてきて、すべて家来にしているそうだ。なんて奴。しかし、居間にいる誰かに子供たちは命令されているんじゃなかったか?

08

「原因はミニーかよ。以前の持ち主が病死して、その霊が憑いてるとかか?」
「あーやだやだ。だからあたし人形ダメなのよ」

ぼーさんの言葉に綾子が身をさする。確かに私も人形が苦手だ。特に雛人形や五月人形、フランス人形など精巧であればあるほど気味が悪い。人形<ヒトガタ>とはよく言ったものだと思う。でも今回は違う。

「ミニーのせいじゃないと思うよ」
「おいおい、ここまで来て言うか?」
「他の子たちは居間にいる奴に命令されてるって言ってたし」
「そうだな。人形は器に使われてるだけだろう。その居間にいるのが誰なのか、何とかしてその正体を掴まないと…礼美ちゃんが危ない。は分らないのか?」
「床でも剥いで直接話せれば分かるけど…このままじゃ、ちょっと無理」
「そうか」

皆で考え込む。この面子ではもう打つ手なしだろうか。そう思っているとまた典子さんの声が響いた。

ちゃん!」

廊下に出ると、典子さんと香奈さんが身を寄せ合っていた。壁に落書きがしてある。

――わるいこには ばつをあたえる

悪い子とは礼美ちゃんの事だろう。ミニーとの約束を破って色々話してしまった。そのことに対して怒っているのだ。これは礼美ちゃんから離れないようにしたほうがいいだろう。




そして5日目。朝からずっと礼美ちゃんと典子さんに張り付いている。香奈さんはというとこんな気味の悪い家には居られない、と出て行ってしまっていた。

礼美ちゃんは秘密が無くなったからか、昨日までよりかなり明るく活発だ。昼からは庭に出て遊んでいる。時々子供の霊が悪戯かお仕置きをするためだろう、寄ってこようとするのを追い払う。見えてるのがわかると逃げていくので楽なものだ。

この間に、綾子は昨日の落書きを消し、ぼーさんはミニーを燃やしている。燃やす前に斬ろうか? と聞いたのだが、皆切断には抵抗があるのだろう、全員一致で反対された。




しかし、ミニーは燃えなかった。燃やす時に入れた箱が綺麗に灰になったにも関わらず元のままだ。さすがに気味が悪くなったのだろう、典子さんが遠慮がちにナルに切り出した。

「家を…引っ越すことにします」
「しかし、ポルターガイストの中には家を変わっても付いてくるものがあります」
「そんな! じゃあどうしろっていうんですか?」
「落ち着いてください。僕は、この家の所有者を遡ってみました」

つらつらとされる説明をまとめるに、8〜10歳の子供ばかり、分かる範囲で7人はこの家で病気や事故により死亡しているらしい。礼美ちゃんも条件にばっちりあてはまる。典子さんが顔を覆ってしまったが、ナルの声は揺らがない。

「どうしたら…」
「こういうことの専門家を呼びます。家を出るのでしたら、せめて彼らがくるのを待ってください」

それってもしかしてあの二人の事だろうか。

09

夕方。エクソシストのジョンと霊媒である真砂子が連れだって来た。

「ご無沙汰してます」
「お久しぶりですわ」
「いらっしゃい、って私が言うのもおかしいけど…真砂子は気を付けて入ってね」
「なんですの?」

真砂子は訝しげにするが、家に入ってすぐに顔色を変える。

「なんですの…これは…酷い、こんなに酷い幽霊屋敷を見たのは初めてですわ」
「これでも霊の数自体は減らしたんだよ」
「それでもですわ…」

具合が悪そうな真砂子を支えてジョンとベースに急ぐ。着いた途端、狙ったように真砂子はナルへと倒れ込んだ。そういえば彼が気になる、とは言っていたがこの場面でそれとは強かだ。

「原さん?」
「子供の霊が至る所にいますわ。みんなとても苦しんで、お母さんのところへ帰りたいと言って泣いています。それに…この家、霊を集めていますわ。全部子供の霊です…あぁ」
「真砂子!」
「真砂子さん!」

言うべきことを言い終わると真砂子は本格的に倒れてしまった。別室で休ませて皆で考える。ナルが口火を切った。

と見解が一致しているな。だが、苦しんで泣いているのか?」
「私は真砂子が色々感じるのとは違って、直接聞き出さないと分からないから。でも霊は大抵どこか苦しそうだよ」
「そうか。ジョン、礼美ちゃんを霊から守りたいんだが…」
「はいです。それではお祈りさせてもらいましょう」




「初めに言葉があった。言葉は神とともにあった…」

寝ている礼美ちゃんの首に十字架をかけ、司祭服のジョンが読み上げる。ナルと私、典子さんが見学だ。

「…とりあえず、お祈りさせてもらいましたし、これで少しはマシやろうと思います」
「ありがとうございます」
「そやったら、渋谷さん。人形の方を…」

ひと段落して、次の仕事に入ろうとした頃、ぼーさんが慌てて部屋に入ってきた。

「ナル! ミニーが消えた! ちょっと目を離したすきに」
「逃げたか…じきに現れる。きっと…」

ナルの言葉が予言めいて聞こえた。




深夜の丑三つ時前。礼美ちゃんは綾子と典子さんで見てもらい、真砂子はまだ調子を崩して寝ている。残りの皆でベースでモニターを注視していた。時計の針が丁度二時を指した時。

――ドンッ

大きい音とともに子供の泣き声が何重にも響いた。ガタガタと音もする。

「子供の声どすな…えらい沢山…何人いてるんや」
「礼美ちゃんを探してるみたい」
「ジョンのしたことが効果あったな。とすると、結界が役に立つかもな」
「ぼーさん張れるの?」
「まあな」

その時急に泣き声と音が止んだ。綾子が何か抱えて駆け込んでくる。

「ナル! これ見て」

ナルがシーツの塊を剥ぐと、ミニーが出てきた。

「礼美ちゃんの布団の足元が膨らんでるのに気が付いて、捲ってみたらいたのよ」
「礼美ちゃんは無事ですか?」
「ええ」

ジョンのお祈りで視えなくなった礼美ちゃんを見つけたので声が止んだのだろう。ナルの腕の中のミニーの目が妖しく光った気がした。