04
森下家に着て二日目。交代で花瓶をベースで見張っていたが、動きはなかった。昨日張り切ってた綾子が除霊をする。子供が多くいる、ということで子供部屋――昨日家具が斜めになった礼美ちゃんの部屋でだ。しかし、除霊中も後も特にこれといって反応はなかった。その部屋から散っただけで数も減っていない。
早くも焦れてきたので、ナルに許可をもらって子供たちの魂送に乗り出した。家中にいる子の中で比較的捕まえやすそうな子に一人ずつ話しかけていく。特に悪霊と化している訳ではないので、斬魄刀の柄の先端を当てていくだけだ。
「やあ」
『お姉ちゃん見えるの…?』
「うん。ちょっと目を閉じててくれる? 帰るべきところに帰してあげる」
『…ほんと?』
を押し当てると光に包まれて消えてゆく。最初に試したときは尸魂界がないのに、と思っていたが、この世界にはこの世界の死後の世界があるのだろう。魂送しながら少しずつ聞いた話を総合すると、皆この家に囚われて成仏できずにいるらしい。家の中心――居間にいる人が出してくれないのだとか。
しばらくそうしてると、子供が寄ってこなくなった。追いかけて聞き出すと、近づいちゃダメ、とリーダーに命令されたらしい。それでも十人は減らしたので今日はこの位かな、と思いベースに戻る。ここまで人数が多いと一気に除霊とかはできないので不便である。
「ただいま」
「か。どうだった」
「十人は減らしたんだけど…まだまだいるからねえ」
「そうか」
ナルたちは各部屋の温度などを調べ終えたところのようだ。覗くと、礼美ちゃんの部屋だけ少し低い。確かに、綾子が去ってからまた集まりだしている。はぐれている子を中心に祓ったので、その部屋には入っていない。旧校舎の教訓で、家のひずみや床の傾斜まで調べたようだ。外的要因による異常がないとデータでも出たことになる。するとまた悲鳴が響いた。台所だ。
「加奈さん!」
「急に炎が噴き出してきて…」
「下がってください。消火器を!」
ぼーさんが持ってきた消火器で火を消す間に子供を捕まえる。
「君がやったの?」
『ご、ごめんなさい…でも、やらなきゃおしおきされる…!』
「じゃあ、お仕置きされない所へ行こっか」
言って、魂送する。周りを見ると火を消し終わったぼーさんたちがこちらを凝視していた。送るときの光が視えたのだろう。
「今、いたのか」
「まあ。外にも何人かいて、覗いてるよ」
「そりゃ大変になるなわけだ…」
「ここまでやる子たちには見えなかったんだけど…」
これからは安全のために加奈さんたちに付いていた方が良いかもしれない。
05
三日目。ぼーさんや綾子と交代で礼美ちゃんたちに付くことになった。休憩中たまたまベースにいると異変が起きた。
「ナル。礼美ちゃんの部屋の温度が下がり始めました」
「リン! スピーカーを」
音を大きくすると何かが揺れる音などが聞こえてきた。部屋に人間は誰もいない。
「…すごい」
「なにが?」
「温度だ。すごい勢いで下がっていく…ほとんど氷点下だ」
立派なポルターガイストだ。これで人間が犯人の線は確実にナルの中でも消えただろう。私の言も信用してくれているようなのだが、やはりデータで結果をみたいようだ。
綾子と交代し、典子さんと礼美ちゃんがお人形遊びをするのを見守る。そういえばミニーにも子供が憑いてるんだった。目を離さない方が良いだろう。
「礼美ちゃんって大人しい子ですね」
「ちょっと前まではもっと明るくって人懐っこかったのよ。兄が再婚して、この家に来た頃からこうなの」
「そうなんですか…」
ノックの音がして、加奈さんがお盆を持って入ってきた。
「礼美ちゃん、おやつよ。遊んでもらってよかったわね、何してたの?」
「…」
「ちゃんとお返事して欲しいな。ほら、クッキーよ」
「…」
加奈さんが話しかけるが、礼美ちゃんはうつむいてしまって返事をしない。加奈さんは懸命に友好的に話をしようとしているが、だんだん言葉に険がこもってくる。
「…欲しくないの?」
「…」
「そう、勝手にしなさい!」
ついにおやつを置いて出て行ってしまった。典子さんがクッキーに手を伸ばすが。
「礼美ったら…いらないのなら、お姉ちゃんが食べちゃうから」
「ダメっ!」
礼美ちゃんに手を払われてしまう。
「毒が入ってるの」
人形のミニーが教えてくれたらしい。香奈さんは悪い魔女で、魔法でお父さんを家来にし、礼美ちゃんたちを殺そうとしているそうだ。性質の悪い嘘である。これも子供の霊が命令されてやっているのだろうか。問うようにミニーを見ても、霊は出てはこなかった。
ぼーさんと交代し、夜に備えて仮眠をとる。起きると、枕元にジーンが立っていた。少し驚く。
『よく寝れた? 』
「…まあまあ。どうしたの? ナルのそばを離れて」
『心配ないかもしれないけど、寝てる時って危ないから見張っておこうかなって』
「ありがとう」
その後も優秀な霊媒だったらしいジーンとこの家について話すが、居間の気配が怪しいことは分ってるし、礼美ちゃんが危ないかもしれないのでミニーから目を離さないことぐらいしか対策は出なかった。子供たちと追いかけっこでもしてどんどん魂送した方が良いのだろうか。
06
そういえばミニーについてナル達に言ってないのを思い出し、ベースへ向かった。
「ミニーが教えてくれた? 礼美ちゃんがそんなことを?」
「うん。子供の一人が憑いてるし、あの人形危ないと思うんだけど」
典子さんに持ってきてもらう。
「ミニーならこれですけど。この家に越して来る直前に、兄が買ってやったんです」
「礼美ちゃんの様子が変わったのはそれ以前? 以後?」
「あと…だと思います」
「かえして!」
礼美ちゃんが部屋に駆け込んできた。ミニーを取り返そうと必死にナルに飛びついた。
「ミニーかえして! さわらないでっ」
「礼美ちゃん。ミニーとお話ができるんだって?」
「…だれもさわっちゃダメ!」
「礼美!」
ナルがじっと見つめると目を泳がせてから出て行った。これは怪しい、ということで夜、礼美ちゃんが寝静まってから人形を失敬し、監視することになった。
「は憑いてる霊を落とせないのか?」
「人形ごと斬って良いなら落とせるけど…あるいは脅して無理やり出すとか」
「脅すって…何する気だよ」
「ちょっとね。でも今回は相手が子供だし、あまりやりたくないかも。そもそも人形ってあんまり好きじゃないんだよね…」
「まあな。人形ってのは元々人の魂を封じ込める器だからな。魂がなくて中が空っぽだから、憑依しやすいもんな」
「そうだね」
ぼーさんと話してるとナルが勢い良く立ち上がった。視線が画面にくぎ付けだ。見ると、さっきまで座っていたミニーが倒れている。そのまま誰かが引きずっているかのようにずりずりと動き出す。しかも首が外れて、ころころとカメラに向かって転がってきた。唐突にそこまでで映像が途切れた。
「エラーだ」
「ちっ…」
ぼーさんが駆けだした。後を追ってミニーを置いている礼美ちゃんの部屋に行くと、人形は置いた時のまま1ミリも動いた様子はなかった。
「最初に見たまんま座ってやがるぜ…」
「よくあることだ。霊は機械と相性が悪い」
部屋の入り口でナルが言う。これでミニーが危ないことがはっきりした。
四日目。少し目を離したすきに礼美ちゃんがミニーを持って行ってしまった。典子さんの部屋に行くと、中から話し声がする。
『家の中は悪い魔女だらけだよ』
「お姉ちゃんも?」
『お姉ちゃんも魔女の手先なんだよ』
「礼美、お姉ちゃんはいたほうがいい」
『ダメダメ、ちゃあんと始末してあげるから。そのかわり、あたしの言うこと聞かなきゃダメだよ』
もう十分だ。そこまで聞いて、部屋の中に入る。
「礼美ちゃん!」
中にはミニーと向き合って座る礼美ちゃんのほかにも子供がいた。慌てて捕まえる。
「君たちはこっち。礼美ちゃん、ちょっと待っててね」
二人いる霊の子を廊下に連れ出して手早く魂送した。これは礼美ちゃんに話を聞かなければ。