プロローグ01
時間の許すかぎり考え事をするのが最近の日課だ。
自分の不注意ではない事故で死んでしまって、気が付いたらやたら古風な家で幼女をやっていた。3歳頃までの記憶は曖昧だ。なかなか起きれない朝のまどろみの先のように。でも事態に混乱しながらも周りにあまり違和感を抱かれなかったようだった。大人しい子供だった、と後に言われた。私の取り乱しっぷりは幼児特有の意味不明さに見えたのかもしれない。
けれど生まれ変わってしまったことに気付くと同時に発覚した事実には驚いた。それはもう心底。前世、ともう呼ぶようになった所ではという名前の女子だったのだが、今は名前こそで変わらないものの名字が四楓院だし、少し上に色黒の肌をした夜一という姉がいるのだ。(私は普通の色だった。解せぬ)まさに漫画の世界である。
ちょっとしたオタクであったので、どことも知れない所よりはかなり嬉しかった。自分も猫になれるのかな、と柄にもなくテンションが上がったりしたものだ。しかし貴族を舐めていた。物心がついたばかりの幼児相手に礼儀作法に始まり死神になるための教育が始まったのだ。どういうことなの。なまじ中身が成人といえる精神をしていたので覚えが通常より良く、教える側も熱が入って行った。鬼道とか使ってみたくて張り切っていたのもある。この頃から奔放さを発揮していた姉である夜一には何度となく助けられた。
そして明らかに体のスペックが良かった。前は50m走で8秒をぎりぎり出すことが精一杯だったのに、のちに瞬神と呼ばれる夜一にまだ子供とはいえ何とか付いて行けるのだ。年齢差を考慮して手加減はされているようだったが。戯れつつすくすくと(とはいえ何十年もかけて。尸魂界クオリティ)お姉ちゃんっこになりながらもう一度育っていった。その間にも浦原喜助たちと仲良くなったり、猫になったり、卍解を習得してみたり、色々と充実していた。
ところで最近についてである。過去編といえるものが始まりつつある。魂魄消失事件が起きたのだ。
実は生まれる前のことを覚えているようだ、という話はかなり初期に夜一にしてあるのだ。(面白い事じゃな、と言われた)でも自分の中で何かの踏ん切りがつかなかったので、漫画のことはおぼろげにしか話していないのだ。こちらで気付いてから百年近く経つのにそこそこ覚えている自分にもあきれるが、いまだに話せずにいる自分にもあきれる。嫌なことを後回しにしてしまう気質は根強く残っているようだ。
とにかく藍染が黒幕なのだ、とでも訴えてみようかとも思った。しかし情報元が情報元だ。確たる根拠を示せない。夜姉や喜助との信頼があるからこそ、この発言はある程度信じてもらえると思うが、だからというものがある。もうそんなに細かいところまで覚えていないということもある。それに、原作は本当に変わるのだろうか。変えられるのだろうか。明確な死者が、市丸ギン、だったか?など基本敵方の少数のみだった気がするし、あれが都合のよい最善なのだ(大分言い回しが違いそう)、とかなんとかリング?を使う敵が言っていたような気がする。しかしお人よし、というわけではないが見殺しともいえる傍観を選択するのも後悔しそうだ。それよりなにより、尸魂界を追放になるはずの喜助たちが心配だ。やはりぶちまけた方がいいのか。
そこまで考えたところで、立て掛けておいた斬魄刀の倒れる音にはっと現実に意識が戻ってきた。誰にも考え事を邪魔されたくないので、今は二人が居ない時をねらって双極の丘の下の元祖勉強部屋に来ていたのだ。しかし流石にそろそろ戻らなくてはならない時間だろう。心配されるし、このところ物騒なのだ。注意しすぎて損はないだろう。
だが、瞬歩を使って帰れば何事もないだろう、という思考は慢心だったのだろう。
事故とは思いがけない時に起こるから事故なのだ。
02
別にそこまで急いではいないので、短距離の瞬歩をして帰る途中、なにか怪しげな気配が感覚に引っかかった。好奇心は猫をも殺す、かもしれないが見て見ぬふりも隊士としてする訳にはいかないだろう。
「…うぐっ…あぁっ!」
「ぐあぁぁーっ」
着いたそこにはまさに白い液状のものを出しつつ消えゆく者と、すでに本体は消えたのであろう死覇装が散乱していた。
「そんな…っ」
さっきまでぐたぐたと考えていたのもあり、思わず思考が停止してしまった。なんで。どうして。なにが。…もちろん分かってはいる。これは虚化で、この人たちはこのまま助からず魂魄ごと消えてしまって、そしてそれは何故なら、
「藍染…!」
「おや」
気配なく急に後ろから響いたその少し優しげな声に背筋がゾッとした。音が出そうなくらい急に振り向く。いつも通りの人の良さそうな笑顔をして藍染は立っていた。
「こんばんは、四楓院三席」
「こ、こんばんは…」
一瞬何を言われたのか分からなかった。しかし、混乱した思考を何とか立て直し、この場にふさわしいセリフを言わねば。でもさっき、思いっきり失言をしてしまった気がする…!それでも慌てているのは本当なのでつっかえながらも言葉を紡ぐ。
「いえ、これ、この人たち…何とかしないと!」
「まあ、待ちなさい。少し落ち着いて」
あまりに自然に言われたので少し詰まる。だがようやく周りが見えてきた。すでに辺りには中身のない死覇装だらけだし、藍染の後ろには市丸が控えている。少しでも判断を誤ればあの世行きだろう。いや、そもそもここが死後の世界なのだが。
「落ち着いたかい? なら、少し聞いてもいいかな」
「…はい」
まずい。どうしようもない。これは、はっきりと疑われているだろう。そこそこ強くなった自信はあるがこのラスボスのような男には勝てるとは到底思わない。相手の笑みの質が変わる。呼吸が苦しくなる。
「何故、真っ先に僕の名前が出てきたのかな?」
「それは…」
「それに、最近の君の僕たちを見る目は少々おかしかった。君は一体何を知っているんだい?」
息が、詰まる。
「なるべく、早く答えて欲しいのだけれど…」
少し困ったような顔。声が遠くなって、気付いた。私にも、虚化の兆しが…!
「あっ…ああぁぁぁぁ!!」
「…残念だね」
白濁したものが溢れる。意識が遠くなってきて、膝をつく。すぐに前傾姿勢になり、倒れた。
「行くよ、ギン」
「はい」
もう、ほとんど聞こえない耳が、二人が去っていく音を捉えた。
ここで、終わりなのか…確かに、人間としては寿命以上に生きた。毎日、楽しく過ごした。だが、死神としては、まだこれからだった。もっと夜姉達と過ごしたいし、一護達も見てみたい。原作が開始するまでまだまだあるのに…
「ご、めん…」
その思考を最後に、意識は黒く塗りつぶされた。