04
「ああ、良かったわ。旧校舎は悪い霊の巣で困ってたんです」
沈黙に、黒田さんが割り込んできた。また霊感とか言っているが、自己顕示欲が強いだだの目立ちたがり屋だと松崎さんに断じられ、その場を去った。その際、霊をつけてやる、と言いかなり鬼気迫る顔をしていたのが印象に残った。雰囲気が悪い。
「ねえナル、私も何か手伝おうか」
「…今、なんて言った」
「え?」
「ナルって言わなかったか」
「…さっきリンさんが呼んでたからつい。ごめん、嫌だった?」
ジーンにつられたなんて言えない。その時、校長が連れてきてもう一人能力者が増えた。金髪の優しげな雰囲気の白人だ。
「もうかりまっか?」
第一声に場が固まる。
「オーストラリアからおこしやした、ジョン・ブラウンいいます。あんじょう可愛がっとくれやすです」
松崎さんと滝川さんが笑いをこらえ切れていない。
「ボクはエクソシストいうものでんがなです」
だが、その言葉にぴたりと笑いを抑えた。
「悪魔祓いはカトリックの司祭以上でないとできないはずだが…ずいぶん若いな」
「ようご存知で! せやけど、もう僕19でんがなです」
ジョンさんが出てきて和んだ皆で、ナルたちのベース、調査基地に向かう。だが、一人で十分、と豪語する大人二人は別行動をとってしまった。協力したいジョン(そう呼ぶように言われた)と残ると、悲鳴が響いた。
「松崎さんの声です!」
駆け付けると滝川さんが閉じた扉を叩いていた。中で松崎さんが叫んでいる。
「開けて、開けてよ!!」
「蹴破るぞ、退いてろ綾子!」
呼び捨てにしないでよ、と返ってくるが滝川さんは速やかにドアを破壊した。ベースに戻り落ち着いた松崎さんに話を聞くと、急にドアが閉まって閉じ込められたらしい。絶対何かいる、と息巻くが、新たな人物に否定される。
「いえ、居ませんわ。何の気配もしませんもの。そうでしょう?」
「うん。久しぶり、真砂子」
「お久しぶりですわ」
「こりゃ驚いた、こんな有名人まで呼ぶなんて」
滝川さんが驚く。私と彼女は以前仕事で一緒になって以来の縁だ。それ以来同い年の同業者の誼もあって仲良くやっている。松崎さんが顔だけ、と反発するが真砂子はナルが気になるようだ。
「私、以前あなたにお会いしたことがあったかしら」
「いえ、初めてお目にかかると思います」
「そう…」
「とにかく、霊はいるわよ」
霊はいる派の松崎さんは地霊・精霊、滝川さんは地縛霊、ジョンはゴーストかスピリット。ナルは釘を手でもてあそんでいる。いない派の私と真砂子は顔を見合わせた。
「もう、いい!さっさと払い落としてあたしは帰るわ。いつまでも関わってらんないもの」
「あなたに落とせるかしら? ここに居るのは、とても強い霊なのよ」
「どきなさい」
松崎さんは戻ってきた黒田さんに止められるが、出て行ってしまった。
05
そのあと、襲われたという黒田さんに設置してあるカメラの映像を見てみるが、ちょうど故障したのか映っていなかった。霊が出ると機械は正常に動かないので意味深だというナルに、黒田さんは勝ち誇った感じだ。断固として霊はいないと言う真砂子の霊感をも疑い出す。
「本当に霊感があるのかしら、その人」
「女性の霊媒というのは好不調の波が激しいのが普通だ。だが、原さんと、二人の能力者がそろっていないと言っている」
「私だけ呼び捨て?」
「君もさっきしただろう」
「…霊はいるわ!」
「君の言うことが事実なら、ここの霊はひどく君と波長が合うのかもしれない」
「そうかもね…」
ナルの言葉に黒田さんはうっそりと笑った。
松崎さんが祈祷を行うというので皆で昇降口に集まった。校長と教頭も来ている。巫女装束に身を包んだ松崎さんは凛として見えた。少し離れて見学をする。
「つつしんでかんじょうたてまつる――」
滝川さんは疑わしげで、ナルとジーンは初めて見るという神道式の除霊に興味があるようだ。黒田さんは睨み殺さんばかりに見ているし、私と真砂子とジョンは傍観の姿勢だ。リンさんはモニターの前に残っている。松崎さんの霊力が高まっていく。やはり能力は本物だ。だが、なにもいないので空振りだろう。
「――これで何の心配もありませんわ」
振り向いてにっこりとする巫女さんに校長も教頭も満足気だ。今夜一席、と誘うが巫女さんは泊まり込んで様子をみるという。意外と仕事はきっちりしている。そのままお昼でも、と出ていこうとする一行だったが。
――ピシッ
出口の窓ガラスが突然割れて降りかかっていった。
「――おい! 大丈夫か!?」
「血が出てはります!」
校長たちが負傷したので呼んだ救急車を見送り、ベースに戻ると黒田さんと巫女さんと真砂子で言い争いをしていた。しかし何かおかしい。なんの力も感じなかったのだが。おかげで反応できなかった。
「…偶然、ですやろか」
「やっぱいるんじゃねえ? 巫女さんには手に負えない強い奴が」
「だったらもっと機械に反応があっていいはずなんだが…」
「ナル。少々見てほしいものが」
リンさんがモニターを示すので、皆で覗き込む。なんと、2階の部屋の椅子が勝手に動いていた。録音されている音から判断するに、ガラスが割れたのと同時刻だ。
「ポルターガイストじゃないかしら」
「そうは思えないな。ポルターガイストが動かしたものは暖かく感じられるものなんだが…あの椅子は温度上昇はみられない」
「そやけど、ティザーヌの条件ではいくつか当てはまりはります」
「そうだな。ドアが勝手に閉まる、物が動く、ガラスが割れたことも入れて3項目」
「あたしが襲われたのは!?」
「あなたの気のせいですわ」
「いい加減認めたら? ここには良くない霊がいるのよ!」
「…もう一度、中を見てきますわ。霊がいれば何か感じるはずですもの」
「待って、真砂子。私も行く」
否定され通しの黒田さんがヒステリー気味に言うが、真砂子は聞き流してベースを出ていてしまう。慌てて追いかけた。
06
真砂子を追いかけて階段を上る。
「一人で動き回ると危ないよ」
「…まさかまで霊がいる、とは言いませんよね」
「まさか。でも、この建物には霊以外の何かがあるのかもしれない。ガラスが割れたときにも何も感じなかったし」
「ですわよね」
少し安堵したようだ。やはり不安に思っていたのだろう、真砂子は適当に教室に入りながらこぼす。
「霊はいない…ということは確かに感じるのですけれど、ここまで色々と起こると自信を持って言うのは難しいですわね」
「まあね…でも私も本当にいないと感じるよ」
「それは頼もしいですわ」
少し笑い、疲れ気味に壁に寄り掛かった、その時。
「――危ない!」
「きゃあああ!!」
壁が崩れて真砂子が落ちる。遅れて飛び出し、空中で捕まえて体制を整える。大きな音を立てて着地し、硬直している顔を覗き込んだ。
「大丈夫?」
「え、ええ…」
『!!』
「おい、嬢ちゃんたち無事か!」
すぐに皆が駆けてきた。モニターで落ちるところを見たらしい。少し落ち着いた真砂子を下ろしてやる。
「立てる?」
「もう平気ですわ…」
「二人とも怪我はないのですやろか」
『本当に大丈夫なの?』
「うん」
「ええ」
「それにしてもよくあの高さから落っこちて無事だったな…」
「鍛えてるから」
「それで済む話じゃないと思うわ…」
『大丈夫なら良いんだけど…』
ジョンが心配してくれ、滝川さんが聞いてくるが、巫女さんは呆れ気味だ。ナルは駆けつけてくれたものの、着地した足の形にへこんでいる地面の方に関心が向かっているようだ。皆のいるところでは黙っていてくれていたジーンも出てきて苦笑している。
「念のために病院に行った方が良いんじゃないかしら」
「本当に大丈夫ですわ。が守ってくれましたもの」
「私は丈夫にできてるから必要ないよ」
救急車は呼ばないことになり、ぞろぞろとベースに戻った。残っていたリンさんがナルに報告する。
「原さん達が落ちた東側の壁は、壊されたまま風雨避けにやわなベニヤ板を張っていたようです。寄り掛かった重みで裂けたのでしょう」
「もう否定できないわ。ここには悪霊がいるのよ!」
「そう、お前さんが除霊し損ねたやつがな」
「うっ」
「こいつは危険だぜ。除霊に失敗した霊は手負いの熊と同じだ」
言い合いしかできないのはもうデフォルトなのだろうが、大人二人は霊の存在を認めている。その言葉に、皆が考え込んだ。