07
霊がいる方に場の意見が傾きだしているが、私は反対だ。
「落ちる時にも何も感じなかったけど」
「これは事故ですわ。やはり霊はいません」
「そうだ。ビデオを見る限り、あれは事故だ。それに、設置した機械に反応がなさすぎる。気温の低下もイオンの偏りもないし、静電気量も正常…データは完全に正常値を示している」
私と真砂子の言い分に、ナルが根拠を示してくれる。しかし黒田さんが不満一杯に反論してくる。
「じゃあ、巫女さんが閉じ込められたのは? あたしが襲われたのは!? ビデオが消えてたり、ガラスが割れたり椅子が動いたのは!?」
「だから納得がいかないと言っている」
「いないフリができるくらい、強い霊かもしれねーじゃねえか」
あくまでナルは冷静だが、滝川さんの言葉に黙ってしまう。しばらく考え込んでから聞き返す。
「ぼーさんの意見は?」
「俺は最初から言ってる。地縛霊」
「君は、ジョン?」
「分かりまへんです。そやけど、危険いうのには賛成です」
「原さんとは」
「霊はいませんわ」
「ほかに原因があるんじゃないかな」
「で、そういうお前さんは?」
「今のところ意見は保留する。少し調査の角度を変えてみようと思う。――リン」
「はい」
言い置いて二人して出て行ってしまった。ジーンも手を振って憑いて行った。
「どうなのかねえ、あの坊や。大層な機械持ち込んで派手にやらかしてるが、本当に有能なのかよ」
滝川さん――ぼーさんの声がいやに響いた。
「ほんなら、ボクは…」
今度はジョンが除霊にかかる。時刻はもう夕方だ。朝からここに居る訳だが、長い一日だ。巫女さんが閉じ込められ、黒田さんが襲われ(疑わしいが)、巫女さんが除霊に失敗?し、真砂子と二階から落ちた。今度は何事も起こらないと良いのだが。
ナル達の機材がそのままなので、使わせてもらうことにしてそのままベースで見学することになった。
「いよいよエクソシストのお出ましか」
「除霊に意味はありませんのに」
ぼーさんと真砂子が言いあう。モニターの向こうでは、司祭服に着替えたジョンが聖水をまきはじめた。
『天にまします我らの父よ――』
唱え始めてすぐに、異音が聞こえてくる。
「何?」
「ラップ音じゃないかしら」
「音、上げてみろ」
ジョンの聖書を読み上げる声のバックに、明らかに何かが軋む音が入っている。モニターを見ると、天井がたわんでいる。急いでベースを出て、階段を駆け上がった。
「――ジョン!」
「さん?」
「こっち! 早く、天井が落ちる!!」
ジョンの手を引っ張ったのとほぼ同時に音を立てて天井が落ちてきた。
08
夜。ナルたちが戻ってきて、もう一度天井が落ちてきた部屋を調べる。
「さんが声をかけてくれなかったら、危なかったです」
「今夜は引いた方が良いかもしれないな」
「そうね、あたしも帰らせてもらうわ。命あってのモノダネよ」
「正直にビビったって言えよ」
「ふんっ」
ナルの言葉に、大人たちはまた言い合いをして仲良く去って行った。
「ボクもご忠告に従って今日のところは帰らせてもらいますです」
「私も失礼させていただきますわ」
「私も。ナルたちは?」
「まだ調べたいことがある」
『また明日、』
ジーンに手を振り、ナルたちを残して帰った。本当に長い一日だった。
帰って神主さんに、あの祓い屋のあのってなんだか聞いてみると、自覚がなかったのかい、と返ってきた。なんでも、ことごとく除霊を成功させる祓い屋はその業界で大変有名らしい。研究機関からも何度か協力要請があったとか。最近は依頼が増えてしまい、より分けを神主さん達に頼んでいたのもあり、知らなかった。それで皆あのような反応だった訳だ。
そして次の日の日曜日。真砂子は大事を取って一日休むと言っていたが、私は何ともないので昼ごろ学校に向かうと、ナルとリンさんが旧校舎の前のバンで寝ていた。
「おはよう、ジーン」
『おはよう』
「記憶の方はどう?」
『それが全然…』
肩を落として言う。進展はないようだ。
「そっか」
『こうなったら、もう話だけしてもらおうかなって思ってる』
「こうなったら?」
「ん…か…?」
ナルが起きたので話はここまでだ。ジーンに目配せをする。リンさんももぞもぞ動き出した。
「おはよう、二人とも」
「…おはようございます」
「ああ…何だ、こんな朝っぱらから」
「いや、もう11時過ぎてるけどね」
「おーい」
ぼーさんと巫女さんが旧校舎からやってきた。ジョンも一緒だ。
「どうしたんだよ、実験室」
「何よ坊や、もう帰る準備?」
「そうですが」
「手に負えないからって逃げ出すって訳?」
「そんな…」
いぶかしげなぼーさん達に、ジョンがこぼす。が、ナルは当然のように言う。
「いや、事件は解決したと判断した」
「除霊したのか? お前さんたちだけで」
「してはいない。する必要もない」
「必要ないって」
「どういうこと?」
「昨晩、測定結果をまとめたんだが…」
言って、パソコンにデータを表示する。水準測定器によると、一晩で0.2インチも旧校舎は沈んだらしい。地盤沈下だ。かつてここには水脈が通っており、現在は周辺の井戸も枯れている。地下に空洞ができているのだ。旧校舎も西側と東側で床が3インチ傾いており、建物自体が歪んでいる。数々の怪現象もそれが原因だという。皆言葉もない。
「旧校舎付近は立ち入り禁止にしてもらった方が良い。この建物は、遠からず倒壊する」
09
ベースに戻って片付けをするナル達に、遅れてやってきた黒田さんが調査結果を聞いて憤慨する。
「そんな! それじゃあ、私が襲われたのは!?」
「もしそれが本当の事なら、君に憑いてきた浮幽霊の仕業じゃないかな」
「…本当よ。本当に襲われたんだから!」
その言葉もスルー気味に二人は黙々と片付けを続ける。事件はこれで終わりらしい。しかし私はまだ用がある。
「じゃあもう帰っちゃうの、ナル達」
「ああ。仕事は終わったからな」
「そっか…」
こうなったら、とは調査の終了の事だったのだ。どうするの、とジーンを見やる。
『やっぱり話だけでも――』
「…霊はいるわよ。本当に」
「いない。調査の結果も完全に白だと出ている」
「あなたに分からないだけかもしれないでしょ!」
「では君が除霊すればいい。霊能力があるというなら」
険悪だ。確かにここに一人いるが事件とは無関係である。黒田さんはいやに必死だ。霊がいないとそんなに困るのだろうか。
「僕は自分の仕事が終わったと判断したから帰るだけだ」
ナルはそっけない。しかし、その時ガラスが軋んだ。とっさに黒田さんを引き寄せる。
「きゃあっ」
廊下側のガラスが全て割れた。急にあちこちから大きな音も聞こえてくる。
「なにこれ…」
「誰かが叩いてる?」
「ノック音! ティザーヌの条件がもう一つ!」
『ナル!』
「大丈夫?」
ナルはこの事態の中少し呆けている。さらにドアが勝手に開閉しだす。
「こいつはマジでやばいぜ」
「外へ! 倒壊するぞ――リン!」
「こっちです」
ぼーさんの言葉にはっとしたナルが指示を出す。リンさんが窓を割り、皆で外に駆けだした。
しかし、外に出ると建物自体は何ともなかった。静かに佇んでいる。先程までの事が嘘のようだ。しかし、さっきは力を感じた。それもある人物からだ。そちらを注視していると、ぼーさんが詰問調に話し出す。
「…今のはなんだ。あれも地盤沈下のせいだってのか! 立派なポルターガイストじゃねえか」
「建物が歪む音どころか、絶対に誰かが壁を叩く音だったわよ」
「これでティザーヌの9項目のうち、4つに当てはまりましたです」
「何がデータ上では白よ、バカバカしい…もう少しで子供の冗談に引っかかるとこだったわ」
「こうなりゃ、大人の本気ってもんを見せてやらんとな」
「まったく付き合ってらんないわ」
大人二人は好き放題言って行ってしまった。
『ナル…』
ジーンの声にナルを見ると、握りしめすぎて爪が食い込んだのか、手から血が出ている。
「ちょっとナル、手が」
「…今は放っておいてくれた方がありがたい…自己嫌悪で吐き気がしそうだ」
そのままリンさんを伴ってナルもどこかに行ってしまった。