10

袈裟に着替えてきたぼーさんが除霊をするというので見学をすることにした。同じく見学に来た巫女さんとジョンに聞かれる。

「あんたはこれでもまだ霊はいないっていうの?」
「うん。いないよ」
「でも、ポルターガイストが起きてますよって」
「霊の仕業とは限らない」
「それってどういう――」
「おい! 始めるぞ」

ぼーさんの言葉に皆で黙る。一つ咳払いをして、ぼーさんが真言を唱え出す。

「オンスンバニスンバウンバサラウンハッタ…」




除霊が終わり、建物を見て回っていると黒田さんが寄ってきた。

「どうだった?」
「ぼーさんの除霊が終わって今皆で見回りしてるところ」
「…渋谷さんは」
「さあ。どこか行ってそのまま」
「…でも、霊は」
「もういないわよ。除霊は成功したわ」

戻ってきた巫女さんが勝ち誇るように言うが、黒田さんは続ける。ぼーさんとジョンも戻ってきた。

「まだいるわ。感じるもの…まだ霊は沢山いる」
「また霊感ごっこ? やめときなさいよ、こっちはプロなんだから」
「その割には大したことがないじゃない」
「大丈夫だって、綾子はともかく、俺がやったんだから」
「なんですって!?」
「だって本当の事だろうが」
「人の手柄横取りする気?」
「そっちこそ」
「ふざけないでよ!!」

全くこの大人たちは。いい加減止めようとした時、音がした。ジョンも気が付いたようだ。

「静かに!」
「しっ! 音がします」

誰かが歩く音が二階からしてきた。ぼーさんが階段を駆け上り確認するが誰もいない。気のせい、やら風の音、という二人は大人げない。黒田さんが得意気だ。

「ほら見なさい、除霊が失敗したんでしょう!」
「除霊は関係ないと思うな…」
「じゃあなんだって――」

また音がする。今度はノック音だ。電球が割れ、さっきより多くの足音がしてくる。

「屋内運動会かよ!? おい、ここは危険だ。外に出ろ!」
「黒田さん! 急いで」
「え、ええ」

玄関に向かうが、靴箱が倒れてくるので殴って返す。暖かかった。やはりポルターガイストなのだ。黒田さんを気にしながら外に出て、お互いを確認する。

の嬢ちゃん! 大丈夫だったか」
「うん、何ともないよ。そっちは」
「無事だがな…」
「靴箱が飛んで行ったのはあたしの気のせいかしら…」

なにか飲み込めずにいる二人だが、黒田さんはそれどころではないようだ。

「やっぱりまだ強い霊がいるのよ! 除霊が効いてないんだわ!!」

大変な目にあったのに嬉しそうだ。いない、と言っても聞きはしないだろう。もう遅い時間だから、とそのまま帰ってしまった。巫女さんが口を開く。

「ねえ、ちょっとやばい感じだと思わない? 除霊も全然効き目ないし、そろそろあたしたち、身の安全を考えるべきじゃない?」
「逃げたいってこと?」
「なによ、真っ先に逃げ出したのはあの坊やじゃない! 今頃家で震えてたりしてね」
「いや、逃げたのは俺たちのせいかもしれないぞ。昼間皆でいじめたからな」
「あの自信家っぽいナルに限ってそれはないと思うけど…」
「渋谷さんの場合、怒って家で藁人形作ってはるとちゃいますやろか」

今まで黙っていたジョンの一言に皆で想像して笑う。その晩はもういい時間なので、ナル達は帰ってこないが解散することになった。

11

次の日の朝。少し早めに出てベースとバンを覗いてみたがナル達は戻って来ていないようだった。教室につくと少しざわついていた。

「ちょっとちょっと」
、昨日大変だったんだって?」
「…え、何で知ってるの」

聞けば、黒田さんが得意気に言いふらしているらしい。事実が歪曲して伝わっていそうだ。しかも二人には昨晩ナルから電話があり、旧校舎の事や黒田さんの事を聞かれたらしい。これは彼も気付いたとみて良いのだろうか。考えていると、先生に呼ばれた。

「黒田、谷山。校長室に来なさい」




行ってみると、ナルを筆頭に今回の件に関係のある人物が勢ぞろいしていた。校長の言に従って用意された椅子に座ると、ナルがリンさんを助手に何か始めるようだった。カーテンが引かれ、ゆっくり点滅するライトが点けられるとゆっくり話し始める。

「光に注目してください」

皆で校長の机の上にある穏やかな光のライトを見る。

「光に合わせて息をしてください」

点滅のスピードがっゆっくりなので、自然と深く長い呼吸になる。

「…ゆっくりと、肩の力を抜いて」

ナルの声が遠くなり、意識が薄くなる感覚があって、これは良くないと思い腿をつねった。脳が正常な働きを取り戻す。

「自分の呼吸が聞こえますか…心の中で呼吸を数えてください。今夜、旧校舎の二階にあった椅子が動きます。…今夜は旧校舎の実験室にあります…」

話しているナルと目が合った。怪訝そうにされる。ジーンは隣で感心しているが。カーテンを勢いよく開き、これまでと調子の違う声で告げた。

「…結構です。ありがとうございました」
「まぶしぃ」
「なんなのよこれ…」
は少し話がある」

皆が何か聞きたそうなのにナルはさっさと校長室を出て行ってしまった。片付けはリンさんに押し付けるのだろうか。追いかけると、バンのところまで戻ってようやく口を開いた。

「さっきのが何かわかるか」
「暗示でしょ。主に一人のための」
「…そこまで分かっているのか。ならなぜ告げない」
「今日にでも皆が揃ってから、と思ったんだけど」
「ならば明日まで待てないか? 実験の結果を見たい」

少し考え、了承する。

「いいけど、終わったら少し話があるんだ」
「今で構わないが。なんだ?」
「内緒の話。今じゃなくて後が良いの」
「分かった」

ジーンを見やると、神妙に頷いていた。ナルがためらいがちに続ける。

「…僕は今まで、この方法で失敗したことがなかったんだが」
「私はちょっと特殊だから、参考にしない方が良いよ」

ちょっと精神年齢が高すぎて、暗示にかかる素直さを失っているのだ。

12

放課後、手伝って欲しいと言われていくと、ジョンもいた。二人して椅子と機材を置いた教室の窓やドアをベニヤ板で封鎖していき、板の切れ目に紙を貼り、サインをしていく。ナルはリンさんとずっと機材をいじっていた。

「渋谷さんにはなんぞ考えがあるんやでしょうが、さんは今回の事どう考えてはりますか」
「結論は出てるんだけど、明日ナルと一緒に話すよ」
「そうでっか…」




問題の一晩が経って次の朝。始業より前の言われた時間に旧校舎に向かうと、もうみんな揃っていた。例の教室の前だ。一通り挨拶をすると、ぼーさん達が切り出した。

「さて、今日は何を見せてくれるんだ?」
「また恥をかく前にやめといた方が良いんじゃないの」

大人二人には取り合わす、紙の確認をすると碌な説明もせずバールでベニヤ板を剥がしにかかった。乱暴だ。リンさんはその様子をビデオで撮影している。開いたドアから中を覗く。

「渋谷さん! 椅子が…椅子が動いてまっせ!」
「そうだな」

ナルはモニターを覗き込んでいる。皆の疑問の声をスルーだ。

「ご協力ありがとうございました。僕は本日中に撤退します」
「まさか、事件は解決したって言うんじゃないでしょうね」
「そのつもりですが」
「地盤沈下ですの?」
「そう」

校長の依頼はそれで説明がつくというナルに、大人二人が反発する。しかし、一昨日の件は説明できない。それでも除霊が出来ないのではなく必要がないという。いぶかしげな周囲に、モニターを示す。
「ご覧になりますか」

見ると、映像が始まってしばらくして椅子が勝手に動き出し、倒れた。

「これって…」
「立派なポルターガイストじゃないか」
「ポルターガイスト現象の半分は人間が犯人だ」

そのため、昨日は全ての入り口をふさぎ、人が入れないようにした。板と紙にサインをし、無理に誰かが入ったら必ず分かるようにして。黒田さんが結論を急ぐ。

「だったら余計に霊の仕業って…」
「僕は昨日、ここにいる全員に暗示をかけた。夜、この椅子が動くと」

校長室でのやつだ。一人かからなかったが。

「ポルターガイストは一種の超能力だ。何かの原因でストレスがたまった者が、注目してほしい、かまってほしいという無意識の欲求でやる。そういう場合、暗示をかけるとその通りの事が起こる」

そのナルの言葉に、徐々に場の皆の視線が一人に集中した。