13
「そ…そんな、あたしがやったっていうの」
皆の視線を一身に集めた黒田さんはたじろいだ。ナルは最初から少し引っかかっていたらしい。彼女の霊を視た発言は現実的根拠がなく、虚言か勘違いに思えた。
「嘘じゃないわ!」
「最初はただの霊感ごっこと思っていた。だからポルターガイストとしか考えられない現象が起こったとき、正直困った。計器の測定データも、原さんとの判断でも、霊はいないという結果だったのに。」
ならば原因は人間だという。ポルターガイストを起こすのは大抵ローティーンの子供や、霊感の強い女性。極端にストレスがたまった者が無意識で注目してほしくて起こす。
「君は中学の頃から霊感が強いと有名だった」
だから、旧校舎の悪霊が全て地盤沈下が原因だと証明されてしまうと、霊能力者としての信用を失ってしまうという猛烈な不安に無意識に考えた。
霊はいるはずだ。――いなくてはならない
ポルターガイストが起こるはずだ。――起こらなくてはならない
「そして…」
「…無意識にそれをおこなった、か」
ナルの長い説明をぼーさんが受け取った。黒田さんは顔を覆ってしまう。
「彼女は潜在的なサイキックだと思う。本人も自覚していないが、おそらくある程度のPKを持っている」
黒田さんにとって、注目を集め、自己を保つために旧校舎の悪霊は必要な存在だったのだ。
「――どうやってか、は気付いていたようだが」
「なんだって!?」
「まあ、始めは全然分からなかったんだけど。一昨日にポルターガイストが起こった時、二回とも力を発しているのを感じたから」
「どんな感じがするんだ?」
「霊圧の高まり――気配が大きくなる感じかな。黒田さんは本当に能力者なんだよ。今回はそれが悪い方向に働いてしまっただけ。力は使う人次第だから、これからはそれを生かしていけば良い」
黒田さんの表情が和らいだ。ナルが話を締めくくる。
「以上で納得して頂けましたか」
「まだよ。今の説明だと、彼女のストレスが高まったのは地盤沈下説が出てからって事よね。じゃあ、あたしが閉じ込められたりビデオが消えてたのは?」
「巫女さんの件については、これがドアの敷居に刺さっていた」
巫女さんは腑に落ちないようだが、ナルは一本の釘を取り出した。黒田さんによるちょっとした悪戯だ。ビデオも彼女がその騒ぎで皆のいない隙に消したのだ。気付いたナルは途中からはベースにリンさんを残していた。
「ったく、この子は…」
「で、どうするよ。校長の依頼は工事を出来るようにしてくれってことだぜ」
「校長にはこう報告するつもりです――旧校舎には戦争中に死んだ人の霊が憑いていた。除霊したので、工事をしても構わない――それで良いかな、黒田さん」
そう言うナルの顔は少し優しげだ。黒田さんも頷く。
「お優しいんですね。でもよろしいんですの? 事実をお話ししなくても」
「彼女は今での十分に抑圧されている。これ以上追いつめる必要はないと思うが?」
真砂子の問いの答えに何を感じたのか、巫女さんがいい寄るが、鏡を見慣れている、という痛烈なナルシストかつ皮肉な返しに撃沈。皆で大笑いした。
除霊は全員で協力してやったとすることに落ち着き、そのまま今度こそ本当に解散することとなった。
14
片付けが終わって荷物満載になったバンは置いておいて、空っぽになった元ベースにナルとリンさんと三人で座る。
「それで、話とは何だ」
机に腰掛けているジーンに目をやり、話し出す。
「ナルの双子のお兄さん――ジーンについて」
「なんだと!?」
「!?」
二人が驚いて腰を浮かすので、座らせる。ナルが焦った様子で聞いてきた。
「何で、いや、どうやってそのことを」
「そこから。ジーンは、ナルに憑いている」
私が指差す先の空間を二人で凝視する。ジーンが手を振るが、視えていないので意味がない。リンさんが茫然とした様子で言う。
「そこに、いるのですか」
「僕に…? そんなまさか」
「いろいろ教えてくれたけど。本名はオリヴァーとユージンって言うんでしょ? ナル呼びも実はジーンが連呼するからうつっちゃったんだよね」
「…僕は何も感じないが」
「そんなに強い霊じゃないから。真砂子も気付かなかったみたいだし」
「…」
まだ納得しがたいようだが、話を続ける。最初に会った後、ジーンから依頼を受けたこと。調査が終わるまで話さないで欲しいと頼まれたこと。彼が自分が死んだこととナルが遺体を探しにきていることは理解しているが、どこで死んだのかは思い出せないこと。話が進むごとに顔色が変わっていく二人は、もう疑えないのだろう。だが、最後の確認とばかりにいくつか本人でないと分からなそうな事を聞く。ジーンの言葉をそのまま伝えるとすべて正しい答えが返ってきたのだろう、しばらく沈黙してしまった。
「しかし、覚えていないとは…」
「死んだ時のショックじゃないかな。良くそれでまだ生きてると思っている霊がいるよね」
『東京から北に向かったところまでなら思い出せたよ!』
「あ、東京からは北に向かったんだって」
「! …そうか…それだけでも大きな手掛かりになる」
「日本の半分が候補から消えますからね」
ナル達は若干嬉しそうだ。
「これからも調査を受けながら探し続けるんでしょう?」
「ああ。できれば今後もジーンの言葉を伝えてくれないか。調査にも協力してくれるとありがたい」
『そうしてくれると本当に助かるよ』
「それは依頼?」
「いや、そうだな――SPRに一時的にでも雇われる気はないか」
「渋谷サイキックリサーチに? 専属になるって事?」
「そうではない。本当はThe Society for Psychical Research――イギリスの心霊現象研究協会の日本支部なんだ。その協力員になってくれないか。もちろん謝礼は出すし、他の依頼などは今まで通りに受けてもらって構わない」
条件としては申し分ない。もともとこのまま放っておくつもりもなかったのだ。了承し、もっと細かい話は後日することとなった。旧校舎を出て、バンまで戻るとみしみしと音がする。
『危ない!!』
「離れるぞ!」
慌てて駆け出す。――その日、旧校舎は倒壊した。そしてこれが、私とナル達との長い付き合いの始まりだった。